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スタッフ「 竹村博 」の人名検索結果 45 件

( 1 - 10 )/ 45 件 公開年▼ 作品名▲
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わが闘争(1968年公開)

堤玲子の同名小説を広瀬襄が脚色し、中村登が監督した半生記もの。撮影は竹村博が担当している。

 
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わが恋わが歌(1969年公開)

吉野秀雄の随筆集「やわらかな心」、山口瞳の「小説・吉野秀男先生」、吉野の次男壮児が著した「歌びとの家」を原作に広沢栄が脚本を執筆し、中村登が監督した文芸もの。撮影はの竹村博が担当している。

 
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めまい(1971年公開)

「経験」「私生活」で人気の高い辺見マリの同名曲の映画化。脚本は石森史郎。監督は斎藤耕一。撮影もを竹村博がそれぞれ担当している。

 
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ムツゴロウの結婚記(1974年公開)

動物をこの上なく愛し、動物と暮しながら何ものにも束縛されない人間になりたい、と願い行動した畑正憲の同名小説を映画化した青春喜劇。脚本は満友敬司と今関健一、監督は脚本も執筆している広瀬襄、撮影を竹村博・・・

 
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港町紳士録(1979年公開)

小料理屋の娘を愛する純情、単純で乱暴な船乗りと、高校教師の二人の男の間に生まれる友情を描いたストーリー。脚本は高橋正図と広瀬襄による共同執筆、監督は広瀬襄、撮影を竹村博がそれぞれ担当している。

 
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港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(1975年公開)

同名のヒット曲を原案にして、横浜・横須賀を渡り歩く姉・ヨーコに母の死を告げるべく捜し廻る妹を描いたストーリー。脚本は南部英夫、監督は脚本も執筆している山根成之、撮影を竹村博がそれぞれ担当している。

 
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坊っちゃん(1977年公開)

戦前・戦後を通じて、五度目の映画化。夏目漱石の原作をもとに、明治の若者の姿を描いたストーリー。脚本は前田陽一と南部英夫による共同執筆、監督は前田陽一、撮影を竹村博がそれぞれ担当している。

 
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波止場女のブルース(1970年公開)

森進一のヒット曲の映画化。脚本は「明日また生きる」の下飯坂菊馬、監督は斉藤耕一。撮影を竹村博がそれぞれ担当している。

 
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忍術・猿飛佐助(1976年公開)

戦国末期を舞台に中年の猿飛佐助を活躍させた時代物喜劇。脚本は長内英光、監督は脚本も執筆している山根成之、撮影を竹村博がそれぞれ担当している。

 
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日も月も(1969年公開)

ノーベル賞作家川端康成の原作を広瀬襄が脚色し、中村登が監督した文芸もの。撮影は竹村博が担当している。

 
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