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14件の作品がみつかりました。

愛しのチィパッパ

愛しのチィパッパ(1986年公開)

父離れをしていないOL一年生が自立していく姿を描く。週刊『女性セブン』連載中のやまさき十三(作)、北見けんいち(画)の同名漫画の映画化で、脚本は「俺ら東京さ行ぐだ」の関根俊夫、監督は「祝辞」の栗山富夫、撮影は同作の安田浩肋が担当している。

いとしのラハイナ

いとしのラハイナ(1983年公開)

日頃のウップンを晴らすためにハワイ旅行に出かけた二人組がいろいろな騒動に巻き込まれる姿を描いたストーリー。脚本は栗山富夫、撮影は安田浩助がそれぞれ担当している。主題歌は、デイビー・スミス(「いとしのラハイナ」)。

俺ら東京さ行ぐだ

俺ら東京さ行ぐだ(1985年公開)

東京でカメラマン助手として働く青年のもとに、田舎から出てきた両親が訪ねる三日間の出来事を丁寧に描く。脚本は関根俊夫と高橋正圀の共同執筆。監督は「いとしのラハイナ」の栗山富夫、撮影は安田浩助がそれぞれ担当している。

開港風雲録  YOUNG JAPAN

開港風雲録 YOUNG JAPAN(1989年公開)

偶然にも最悪な少年

偶然にも最悪な少年(2003年公開)

「私、脱いでもすごいんです(TBC)」や「優香のピンキリッ(カーセンサー)」などで知られる CM界の奇才、グ・スーヨン。原作は、グ・スーヨンが昨年発表した小説「偶然にも最悪な少年」。作者本人が映画としては初めてのメガホンを取ることになった。コピーライターである弟・具光然がシナリオを担当。しかし、シナリオの初稿を映倫に持ち込んだところ、〈セックス〉〈暴力〉〈ドラッグ〉の表現が過激だということで、その8割近くに赤字が入るという異例のスタートだった。危なっかしさとヤバさが面白い子供たちのリアリティ、そこから目を背ける大人たちこそホントにヤバい。いわくつきの過激さは、あまりに過激だからこそ、ポジティブなやさしい世界として淡々と描かれていく。

子どものころ戦争があった

子どものころ戦争があった(1981年公開)

第二次世界大戦中、アメリカ人を父に持っていることから周囲に迫害され、土蔵に閉じ込められて暮らす混血の少女とその家族を描いたストーリー。日本児童文学者協会と日本子どもを守る会が編集した「語りつぐ戦争体験」の中の“泥血の少女の死”を中心に映画化したもの。脚本は鈴木尚之、監督は松竹労組大船分会委員長で、この作品がデビュー作となる斉藤貞郎、撮影は宇田川満がそれぞれ担当している。

上海バンスキング

上海バンスキング(1984年公開)

昭和10年代、20年代の国際都市・上海を舞台に、ジャズに生き死んでいったバンス(前借り)キングたちの自由奔放な青春を描いたストーリー。斎藤燐原作による自由劇場の同名ヒット舞台劇の映画化で、脚本は田中陽造と深作欣二による共同執筆、監督は深作欣二、撮影は丸山恵司がそれぞれ担当している。

祝辞

祝辞(1985年公開)

専務から息子の結婚式で祝辞を述べてくれと頼まれた万年課長の姿を、彼の家族と会社を舞台に描く喜劇。脚本は「俺ら東京さ行ぐだ」の高橋正圀、監督は同作の栗山富夫、撮影も同作の安田浩助がそれぞれ担当している。

釣りバカ日誌(第1作)

釣りバカ日誌(第1作)(1988年公開)

釣り好きの会社員と初老の社長とのふれあいを描いたコメディ傑作。やまさき十三、北見けんいちの同名漫画の映画化で、脚本は「ダウンタウンヒーローズ」の山田洋次と、桃井章が共同で執筆。監督は「愛しのチィパッパ」の栗山富夫、撮影は安田浩肋がそれぞれ担当している。

釣りバカ日誌2(第2作)

釣りバカ日誌2(第2作)(1989年公開)

やまさき十三と北見けんいち原作の同名漫画の映画化第2弾。釣りを通して親しくなった鈴木建設社員浜崎伝助と社長鈴木一之助との珍騒動を描く。脚本は山田洋次と堀本卓が共同執筆、監督は同作の栗山富夫、撮影は同作の安田浩助がそれぞれ担当している。