1946(昭和21年)/10/29公開
配給:松竹 製作:松竹株式会社
木下恵介の演出作品。
美しい牧場の夜明けのこと、薄闇の中を慌ただしく走って行く人影、それはこの牧場に働く喜造老人である。彼は怒鳴るように叫ぶと主屋の表戸を叩いた。平和な牧場にとって喜造老人をこんなに慌てさせたことは一度もなかった。それから四年、牧場主草三郎の妻おきんの手で育てられた捨て子も無事に成長していた。美しく生い立てと身投げした亡き母親の願いであろうか「美子」という名であることが、後に遺言によってわかった。おきんは一人息子の甚吾と美子を変わりなく育てた。そして二人は忘れ難い思い出の幼年時代を共に過ごした。いつしか牧場にも深い秋が訪れた。甚吾と美子は牧場の青春を謳歌するかのように二十七と二十一の若人として甲斐甲斐しく働いていた。「兄さんとこうして仕事をしていると五年間も兵隊へ行っていたのが夢みたいな気がするわ。」無邪気に言う美子を見つめて甚吾はうっとりと妹の姿を見とれたりした。そんな時、甚吾の夢には完全に一人の女として成長した美子への魅力に対する歓喜が、はげしく奔ってくるのだった。幸福なこの生活も、美子にとって亡き母の面影を抱くことはたまらなく傷ましいことであった。また幾日かの日々が流れた。村への街道はどこまでも続いている。若い二人は右と左とに山を背にして駈け下りて行く馬車のように運命の岐路へとさしかかって行った。