1949(昭和24年)/5/23公開
配給:松竹 製作:松竹株式会社
小出孝のプロデュースで中山隆三が脚本を書いた。大船二度目の時代劇で、岩沢庸徳の監督昇進第一回作品である。撮影は斎藤毅の担当。
今から四百年前、武力万能の戦国時代の物語。貧乏百姓の於可留はわが子金助を忍術使いにしたいと思った。一人で便所にも行けない臆病者の金助は、母に励まされて甲賀流の忍術者戸太白雲斎に弟子入りした。猿飛金助と呼ばれたが、日課といえば薪を割ったり風呂をたいたり、白雲斎の好物のナマズや猪をつかまえる事で、まるで下男同然の忙しさ。不満を口に出すとどこからともなく白雲斎の鉄せんが飛んで来て頭をたたかれる始末。このつらい修行を支えたのは同僚の女修行者於香女がいたからで、金助は内心秘かに彼女に胸をこがしていた。やがて蛍雪の課程をおえて卒業式となったが、末席の金助は誰にも雇われず失業してブラブラ山を下りた。そうして岩山大六に何も知らずに雇われた。大六の家へ行くと驚いたことには於香女がいた。於香女は大六の娘だった。金助は得意だったが、ある日大六が里の町家を襲って略奪する山賊であると知って驚いた。於香女もまたこれを知って、二人で大六をいさめたが、大六は仕官の道がつくまでは武士はみんなこうして食うのだと、とり合わない。時に領主佐良波物友が里の庄屋杢兵衛宅を本陣として、金助、於香女の同期生である霧隠三平を供に連れて山ろくに鷹狩を催した。この殿様物友が於香女を見染めたのだ。これをチャンスに大六も仕官の道を得ようと、於香女もハリ切って本陣へ出かけ得意の唄を歌った。ところが夜伽を迫られて、お供の金助だけが表へ放り出された。金助は早速得意の忍術で於香女を救い出すが、すぐ三平が追いかけて三つ巴の忍術合戦となる…。