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作品紹介

鐘の鳴る丘・第二篇修吉の巻

1949(昭和24年)/1/25公開     
配給:松竹 製作:松竹株式会社

山口松三郎の企画で、菊田一夫原作のラジオ連続放送劇を斎藤良輔が脚色、佐々木啓祐が監督。撮影は森田俊保が担当。佐田啓二、徳大寺伸、菅井一郎をはじめ、井上正夫、飯田蝶子等が出演。

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スタッフ

監督:
脚本:
音楽:
撮影:

ストーリー

東京の至る所に浮浪児がいた、昭和二十一年の夏の終わり頃。復員姿の青年、賀々見修平は弟修吉を尋ねて新橋駅に佇んでいた。父も母も亡き兄弟二人は、信州の伯父にあたる賀々見勘造の家に引き取られたが、兄修平がやがて戦地に行った後、弟の修吉は伯父の子供たちの昌夫やまき子達にどうしてもなじむことが出来なかった。遂に伯父、伯母との折り合いも悪くなって、罪ならざる罪を着せられ、感化院に入る身となってしまった。間もなくそれから終戦となって兄修平は忘れ得ぬ弟修吉を感化院に訪れたが、懐かしい弟の姿は見えなかった。脱走したという。もしや修吉はこの浮浪児の中にいるのではないかと尋ねたが、修吉ならず隆太少年が彼のふところに飛び込んできた。修平は隆太を見る度に弟の面影を抱きながら、何とかこの浮浪児を救わねばならぬと救済を決心するが、現実は空しかった。社会の経済的な圧迫、周囲の人々の冷たさ、等が彼の誠実な努力をさまたげる。だが可愛い子供たちは彼の偽りのない心に次第に親しみなついてきた。そして彼の仕事を助力する人々も少くはあったが、力をつけてくれるのである。一方修平が尋ねる弟修吉は感化院を抜け出してはみたものの、暖かい愛情の家もなく浮浪児の仲間にいつのまにか入っていた。だが修吉は兄に会いたい気持ちが日増しにつのって汽車に乗るが、信州行きではなかった。汽車から飛び降りて足がけがした時には、身も知らぬ人に助けられていた。その人立花は強盗ではあったが、親身になって悟してくれた。やがて東京に帰った修吉は以前の修吉ではなかった。素直な子供になっていたのである。

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