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作品紹介

鐘の鳴る丘・第三篇クロの巻

1949(昭和24年)/11/17公開     
配給:松竹 製作:松竹株式会社

隆太の巻、修吉の巻に続く第三篇で同じく菊田一夫原作連続放送劇によるもので、製作の山口松三郎も、脚本の斎藤良輔も、監督の佐々木啓祐も第一篇、第二篇と同じスタッフで、佐々木啓祐は監督である。撮影は鶴見正二の担当。出演は佐田啓二、井上正夫、英百合子、それに高杉妙子、ならびに創作座の子供たち。

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スタッフ

原作:
監督:
音楽:
撮影:

ストーリー

復員してすぐ行方不明の弟修吉を尋ねる為に上京した修平は、不幸な子供たちを明るく導こうと思い探しあてた修吉や、隆太、俊次らと秦野町長やその娘由利枝の援助を得て信州の緑の丘の上に少年の家を建てて暮らした。ある日クロという少年が入ってきて、隆太を「お母ちゃんが呼んでる」とそそのかし、隆太が出ていくと知らない男に捕えられてレビュー団に誘拐された。そこには本当の母親がいたが冷たく、隆太はさびしく旅回りを続ける。一方クロも逃亡して元のレビュー団へ行ったが、一座は去った後で再び浮浪児となり病気で苦悶する。そこでまた修平に救われ、クロは暖かい修平の心を知って素直な子になり、新しい先生美也子のよき助手となった。そのころ大阪から少年の家へ浮浪児の一隊が来る。とき子はその首領株だった。そのころ東京のならず者山田一家は親分の投獄されたのは修平の策動と誤解して、信州の兄弟分に修平の仕事を妨害するよう依頼し、土地の暴力団は後援者秦野町長を強迫し、少年の家は経営難に陥る。少年達は音楽会を開いて資金を得ようとするが、音楽会は暴力団の妨害にあい大混乱となった。しかしその音楽会のおかげで少年留男は暴力団と立派な応待をし、参議院桜井氏に認められ養子になったし、とき子は母親と会えた。とき子が家庭へ帰った後、仲良しだったよし坊がまたぐれ出したが、長坂先生の指導でよい子になる。そのころまた大阪から一群の子供がやってきたが、少年の家の満員なのに失望して少年たちは山へ入る。クロは帰れ帰れと少年たちを追って格闘し病気のため倒れる。少年たちはその夜野犬に襲われ、救援にかけつけた修平たちに救われて少年の家へ引き揚げた。旅回りの隆太からある日手紙が来た…。

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