1960(昭和35年)/5/15公開 99分 カラー シネマスコープ 映倫番号:11712
配給:東映 製作:東映
槍の名手・高定は切腹に失敗して以来、山にひきこもり静かな生活を送っていたが、武士の血は彼を再び戦場へと導く。戦国の世に生きる武士の儚き姿を描いた人間ドラマ。
“槍の蔵人”と呼ばれる剛直の士・富田蔵人高定は、太閤秀古の怒りにふれ切腹した主・関白英次の後を追って切腹すると宣言し、死ぬまでの数日を心置きなく過ごすべく、豪商・堺屋京四郎の伏見の別荘に身を寄せて、ひいきの女歌舞伎太夫・村山左近と妥女の二人と過ごした。
切腹の日、千本松原には諸大名の使者や親類、友人、知己のほか、夥しい見物人が押し寄せていた。列をつくる客人に一人一人献酬していた高定は乱酔のため切腹の定刻を過ごし、秀吉の使者にその切腹を止められる。「お受け致せ、その方一人だけでないぞ、親類縁者残らずに迷惑が及ぶのだぞ」群衆の中から湧き上がる「武士にあるまじき臆病人」の声、罵りと嘲けりの中で切歯する高定を必死に止めたのは、一度は追い腹を強硬に迫った兄の知信であった。
生ける亡者となり、村里の庵に篭った高定が、ある日、釣から帰ると家探しをしている女がいた。左近である。懐かしげに声をかける高定に左近は憎悪の眼を向けた。一座から去った妥女を探しに来たのだが、居ないと知るや、高定を慕ういじらしい妥女の心を伝えて高定の気持を糺すのだった。「今更世捨人の我身に…」高定の言葉を盗み聞いた妥女は池に身を投げるが、その心情を汲んだ左近の計らいで高定と共に住むこととなった。
太閤秀吉が亡くなると家康の天下制覇の野望は急速に高まり、関ヶ原に豊臣、徳川両家が興亡をかけて対峙した。世情とは無縁に平和な日々を送る高定の庵へ、ある日、戦さ姿に身を固めた前田利長が訪れた。徳川勢に味方して軍を起しての途中、高定の武勇を惜しんで再度仕官を薦めるためである。
一度は断った高定に忘れ去ったはずの待魂を呼び起したのは、利長の指差すなげしに掛けられた自慢の槍であった。高定の胸に血が甦った。すがりつく妥女を残し高定は、妥女の髪を槍に結びつけるや利長の後を追う。
関ヶ原の本陣で家康の本営に呼ばれた高定の目の前に突き出されたのは、三成に内通したと云う兄・知信の首であった。利長のとりなしで黙念と陣営に帰った高定に鬼女の様に顔を引きつらせた左近が迫った。身籠った体で歌舞伎小屋に訪ねて来た妥女から全てを聞き、女の一念をこれで計れと高定に斬りつけ、返す刃でわれと我が胸に懐剣を突き立てるのだった。
知信と左近の土饅頭を前に夜を明かした高定の顔に決意の色が浮かぶ。手にした盃を酒ごと大地に叩きつけると馬上一鞭、家族の本陣を背後から一気に襲った。突きまくり、荒れ狂い、呻くような高定の槍から危うく逃げ延びる家康を見るや馬首をひるがえし、今度は関ヶ原のど真ん中に馬を乗り入れ、三成の陣深く馳け上る。鬼神と見紛うばかりの高定の目には敵も味方も、そして生もなく死もない…。
やがて秋草の花が白く咲き乱れた丘には、投げ出された大身の槍が朝霧に濡れていた…。