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昭和十七年末。日米開戦わずか一年数ヶ月、日本海軍の華々しい戦果は既に夢。今は敗色覆うべくもなかった。その苦戦の最中、石山中尉は、戦艦大和から第一線を志願しその転任の途上にあった。紺碧の海にくっきりと航跡を残して三隻の駆逐艦が行く。ラバウル基地へ物資補給の任に就く突風、青雲の僚艦を従えた黒雲の雄姿がそこにあった。小柄ではあるが、時倒れば大鯨を倒す鯱のファイトを秘めているこの駆逐艦。石山は、これから機関長付として自分のすべてを托す黒雲に早くも胸躍らせた。石山を乗せた発動挺は、黒雲の傍へ横付けされた。石山は、様々な想像を抱いて黒雲の甲板を踏んだ。しかし黒雲は、石山の想像とはおよそかけ離れたものだった。ソファーの上にあぐらをかき、ウィスキーグラスをなめる司令の剛田、ハコ屋出身という職業柄から暇さえあれば口三味線の応召兵･春木二水、石山と一緒に着任し善行章を剥奪された南兵曹、その南兵曹と悉くいがみ合う大野兵曹、母一人子一人という若い和田二水等々軍規のグの字も無かった。剛田は、この人間たちの集まりを自ら黒雲一家と名付け、石山もまた剛田からその盃をもらった。そこへ、突然喧嘩が持ち上がった。新任の南兵曹と大野兵曹がちょっとした事から衝突したのだ。一切の暴力を禁止している剛田司令は、二人に金太郎訓練という懲罰を与える。三十二貫の野呂金太郎補機長と三十二貫のハンマーを背中へ乗せ四つんばいになって這い廻る二人に、一同は腹を抱えて爆笑した。しかしそれもつかの間、グラマンが急襲した。いざ戦闘、黒雲は形相を一転した。勇敢に戦う兵士たち…石山は黒雲一家の真の姿を眼のあたりに見せられた。この戦いで石山は、若い従兵･和田二水を失った。実戦は理屈じゃない、悲しいが厳しい現実があるのだ。石山は初めて実戦を知った。スコールが黒雲の甲板に水しぶきを上げている。物凄いシケだ。――と、荒狂う波濤を縫って白い雷跡が黒雲を襲う。敵潜の襲来だ。黒雲は、右に左に逃れながら爆雷を投下した。石山は見事な働きをした。石山の沈着な行動があったればこそ、黒雲は魚雷から逃れ、敵潜を撃沈することが出来たのだ。石山の信望は俄然艦内に高まった。しかし黒雲はこの戦で僚艦･青雲を失ってしまった。激戦を乗り越えた黒雲はラバウルへ投錨する。乗組員は司令の特別なはからいで半舷上陸を許された。このラバウルもあと三日で全員引き揚げの運命にあった。石山は、そこで計らずも宇田参謀にいい寄られている女性を得意の空手で救うが、彼女は、石山と昔馴染みの芸者･染香だった。染香は、今は料亭小松の養女となり、名前もタカという本名にかえっていた。二人は奇遇を喜び合ったが、戦争は二人の仲を再び裂いてしまった。黒雲は、なつかしのラバウルを後にした。石山は大尉に昇進し、呉回航となった突風に乗り込むと黒雲を去った吉田大尉に代わり機関長の任についた。黒雲の前途にはレイテを強襲する殴り込み作戦が待っていた。しかしこの作戦も、日本軍の敗戦に終わる。激戦の中で南兵曹は、黒雲を守りながら死んでいった。黒雲は、傷ついた船体を佐世保に横たえた。夢にまで見た内地、だがこれが見納めなのだ。石山は、部下を引きつれて料亭小松に上がりこみ、再出撃自祝壮行会を催した。飲めや唄えの盛況の中に幕を閉じようとしたところへ、烈火のごとく怒った宇田参謀が駆け込んできた。上官の使用する料亭に下仕官や兵が上がりこんだというかどで、詰め寄る宇田に石山は動ぜず、逆に戦況不利にも拘らず、毎晩飲み歩く参謀の弱点をついた。以前ラバウルで石山に痛い目に合わされたこともある宇田は、石山を上官侮辱罪で巡邏に引渡し、その身柄を拘留させる。石山に会わせようと横須賀からわざわざタカを連れて来た剛田は、それを知ると強引に石山を釈放させた。その時石山には菊水特攻作戦の出撃が内定していた。石山は大尉の襟章をひきちぎり、タカに遺品として与えた。タカへの万感の思いをこの襟章にこめて…。昭和二十年四月七日、黒雲は惨膽たる日向沖海戦に突入した。この作戦で、剛田は黒雲を去り、不沈艦大和甲板仕官の任についていたが、巨艦大和も、爆弾数十発に魚雷九本を受けて大爆発を起こし転覆した。丸木を頼りに漂流する剛田は、腹に弾丸を受けていた。しかし剛田は石山たちの必死の看病で奇跡的にも一命をとり止める。しかし日本艦隊は全滅に近い敗戦だ。黒雲も無惨に傷ついた。だが黒雲には、敵巡洋艦撃沈の命令が待っている。息つくひまもない反転迎撃だ。「もう一丁やるか」「さあこい、殴り込みだ！」石山と剛田の瞳が男の決意を込めてがっちりと見交わされた。「おもかじ――いっぱい！」人間対人間、男対男の真情を乗せて黒雲は遥かに進んでゆく。海上に輝く太陽に向かって、その雄姿はやがて美しいシルエットとなって消えていった。

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