1961(昭和36年)/3/7公開 78分 モノクロ シネマスコープ 映倫番号:12218
配給:東映 製作:東映
母は銀座の雇われマダム、息子は美貌の大学生。早春の銀座を舞台に、それぞれの恋愛を通して母子のの葛藤、和解をしみじみと明るく、さわやかに描いた抒情編。
早朝の銀座――鈴懸の並木が漸く暮色に包まれる頃、バーの扉を押して着飾った夜の蝶達がすい込まれてゆく。
吉村あや子は、この銀座にあるクラブ「黒いバラ」の雇われマダムである。彼女は戦争で夫を失って以来、一人息子弘志の清澄に唯一の生きがいを見出してこのバーに勤め、懸命に生きてきたのであった。その弘志も今は十九才、大学の一年に進学するようになっていた。しかしバーのマダムという職業の関係でこの母と子は長い間一緒に生活する機会に恵まれなかった。今もあや子は銀座に近い高級アパートに、弘志は市ヶ谷の下宿にと、それぞれ別々に暮らしている。母の仕送りで一応何不自由ない学生生活を送ってきた弘志ではあったが、その為、母の愛情を身近に感じられない淋しさを幼い時から小さく胸に秘めていた。弘志はよくクラブ「黒いバラ」に母を訪ねた。しかし、それもクラブの階下にあるクリーニング店から、電話で母の声を聞くのがせい一ぱいであった。店主の繁三を助けてクリーニング店を切り廻す娘の芳枝は、そんな弘志にいつしかほのかな想いを寄せ、何くれとなく弘志の面倒を見てくれるのだった。
銀座のネオンが美しくきらめく或る晩、弘志は松崎薫と名乗る美しい少女と知り合った。薫は十八才の女子大生、その可憐な美貌に弘志は一目で魅せられてしまった。薫又素直な弘志が好きだった。豪華な薫の車で真鶴岬への愉しいドライブの日、二人は始めてお互いの、愛情を確かめ合うのだった。だがそれも束の間弘志の母がバーのマダムを勤めているという事が薫の母貴子に知れ、弘志は家柄が合わないという屈辱的な理由から薫との交際を絶たれてしまった。
その頃、母のあや子は、バー“黒いバラ”に通ってくる客の一人吉井と深く愛し合っていた。吉井は三年前に妻に死に別れ今は一人身との事である。息子の弘志も立派に成長、あらためて自分自身の落ち着いた生活を求めるようになったあや子は、バーのマダムをやめ、吉井との結婚を決意した。その為、親切なマスターの佐藤から持ちかけられた、新しいバーを開こうという話を断ってしまった。だが、吉井の両親に結婚の許しを得ようと彼の家を訪ねたあや子は、後妻の八重子のきびしい眼差しに合ってしまった。吉井はあや子を欺き、既に一年前に再婚していたのである。母と子、それぞれの生き方を求めて芽生えた恋も挫折、二人の心には深い傷痕が残った。「バーのマダムなんか止めればいいんだ」悄然と息子のもとへ帰ってきたあや子に、弘志の言葉は意外に冷たかった。弘志はかねてから母の職業に純粋な若者らしい不満を抱いていたのだ。母と子は初めてお互いの生き方について烈しく言い争った。だが、あや子の弘志に対する愛情は少しも変わらない。自分のために弘志と薫の仲がさかれたと知ったあや子は直接薫の母貴子を訪ね、可愛い息子の為に必死に懇願するのだった。しかし弘志にとってこの母の態度はみじめなものとしか映らなかった。母と子の考えには既に大きな世代の差があった。弘志は母と別れ、苦しくとも自立の生活を築こうと決意した。仲の良いアルバイト学生、明のもとに身を寄せた弘志は、運送屋に勤め激しい労働の毎日を送った。
その頃弘志との仲を両親にさかれた薫は、一人弘志を探し訪ねていた。薫の弘志への思慕は烈しくつのるばかりだった。それは弘志とて同じこと、だが彼は自分の生活に自身を持つまでは決して薫に逢うまいと心に誓っていた。
一方母のあや子は親切なマスター佐藤に励まされ再び“黒いバラ”に美しい姿を見せた。しかしその横顔には一沫の淋しさが漂っていた。
銀座の並木通り――バー“黒いバラ”のネオンを懐かしそうに見上げる弘志の、見ちがえるように逞しい姿があった。あや子や賑やかに客を見送って扉に立つ。「お母さん!」「弘志!」母と子は明るく微笑み合った。鈴懸の青い芽がいつの間にか大きくふくらんでいた。