1970(昭和45年)/6/13公開
配給:松竹 製作:松竹株式会社
松本清張の同名原作を清張文学の映画化では定評のある橋本忍と野村芳太郎のコンビが日常性の奥に潜む恐怖を描いた作品。撮影は野村監督と名コンビぶりを発揮してきた川又昂が担当。また、この作品では従来、映画では不可能とされていたカラーの分解処理〔多層分解〕が試みられている。
浜島幸雄はある日、幼馴じみの小磯泰子の呼びかけに振り向いた。この偶然こそ、平凡な男の生涯を根底からゆさぶる運命の声であった。浜島は旅行案内所に勤続十二年の係長で妻の啓子は社交好きで陽気である。毎日が会社と団地の往復、生活も仕事も単調で味気ない浜島は、泰子に会って同じバスに乗っただけで軽い興奮があった。二度目に泰子に会った時、薦められるままに泰子の家を訪ねた。四年前に夫に死なれた泰子は六歳の健一と二人暮し。保険の集金と勧誘でつつましい生活だ。健一は父親がないためか、孤独癖のある無口な子供だった。夢多き思春期の共通の追憶に話がはずみ、浜島の泰子への傾斜は急ピッチであった。やがて、狭い泰子の家では、健一の眼が浜島には苦手な存在になった。だが、自然の成り行きで二人は結ばれた。初夜のように白無垢の長襦袢で浜島を迎えた泰子がいじらしかった。浜島は健一を手なづけようと、心をくだいたが、その都度失敗した。浜島にも幼い日に夫を失った母と伯父との間に立たされた忘れ得ぬ記憶があったから健一の反感が必要以上に応えた。そして、健一が自分を殺そうとしている突飛な幻想に悩まされはじめた。一度は妻と別れて泰子と結婚しようと決心しながら、健一のことを考えるとまた泰子を諦らめようかと思い迷った。孤独を癒やされた泰子は啓子への後ろめたさも、浜島を見る健一の白い目にも心を向けず、ひたすら愛欲の歓びに溺れた。紅葉のころ、浜島苦心のドライブ旅行も小さな健一の本能的な男性にはね返されてしまった。浜島は再び幻影の虜になった・・・。